あなたは、お子さんと「どんな関係」を築いていますか?
親子の会話を通して、こちらの親子の関係をちょっとのぞいてみましょう。
「あんまり食べてないけど、体調、悪いの?」
「別にぃ。。。」
(心配して言ってるのに、親に対するその態度は何?)
いつもならスルーできるのに、なぜか今日は娘の態度にイラっとくる。
テレビの音も耳障り。ああ、うるさい。
「ねぇ、スマホ見ながらご飯食べるの、前にやめようって言ったよね?」
「・・・・」
(どうせ見てないなら、テレビ消したら?)
(ダルいのは、毎晩、夜更かししてるからじゃない?)
(散らかったままのあなたの部屋、いつまであのままにするつもり?)
・・・と、
こっちの言いたいことを言ったところで、私の言うことなんて素直に聞かないんだから。
言いたいことは、今日もガマンガマン。。。でも。。。
イライラ。イライラ。イライラ。イライラ。
娘がゴトリ、と大きな音を出して席を立った瞬間、
「自分の使ったお皿くらい、自分で下げてよ!」
ああ、またやってしまった。大きな声なんて出したくないのに。
お皿をシンクに運び、そのまま自分の部屋に行こうとした娘に向かって
「少しは部屋も片付けてよね!」
気がついたら、また怒鳴っていた。
あー、今日はもう、お酒飲んで、洗い物も、洗濯も、お風呂も、全部、酔っ払いながら勢いでやっつけよう。
飲まなきゃやってられないわ。
普段は持ちこたえていても、虫の居所の悪い日には、イライラの爆発が引き金になって、お酒を飲む、の繰り返し。
これは、お酒の問題というより、飲酒のきっかけになっているお子さんとあなたの関係をよりよいものにしていくことで改善できると私は考えます。
そのためには、教育と子育ての分野で効果を発揮してきたアドラー心理学が大いに役に立ちます。
子どもにしてほしいことがあるときは・・・
お子さんへの具体的なアプローチとアドラー流の子育てに考え方について、ここではまず1つだけ、ご提案します。
それは、してほしいことは、「お願いの形」で伝えること。
してほしくないことも、お願いの形で伝えるということです。
ベースにある考え方としては、親子といえど、『察してほしい』は、無しということが挙げられます。
自分の育てた子どもであっても、別の人格をもった一人の人間。
ならば、「言わなくてもわかるだろう」というのは、自分が育てた子どもであっても通用しないのです。(もちろんそれは、相手がパートナーであっても、親友であっても同じです)
また、親と子は、「対等」であると考えます。これは、お子さんの年齢に関わらず、そう考えます。
対等というのは、必要なときにはいつでも話し合うことのできる「横の関係」であるということ。
どちらか一方がいつもガマンしなければならない関係は、対等とは言えませんね。
だからこそ、してほしいことがあれば依頼の形を取りますし、依頼された側には、「断る権利」もあることも覚えておいてください。
依頼をするからといって、子どもの顔色を伺ったり、極端にへりくだる必要はありません。
こんなふうに伝えてみよう
「私はあなたに、〇〇してほしいと思っているんだけど。。。」
「〇〇してくれると助かるのだけど、どうかしら?」
「○○されると、あまりいい気分ではないので、それはやめてほしいの」
毅然と、伝えるだけでいいのです。
また、断られたからといって、あなたの人格が否定されたわけでもありません。日をおいて、もう一度依頼することもできます。
お子さんの年齢によっては、「急にどうしたんだろう?」と驚いて、怪訝な顔をされることもあるかもしれませんが、今の状況を変えていきたいのなら、勇気をもって、あなたから始めることです。
また、小さなうちからお子さんに対して「対等な関係」で関わっていれば、子どもと対話ができないくらい険悪な関係になることはまずありません。
むしろ、「親は私のことをいつも対等に扱ってくれる」という気持ちが育つことで、子どもは親を尊重し、敬うようになります。
子どもを変えようとしないこと。まずは親であるあなたが変わることです。
他にも、アドラー心理学をベースにした子育てポイントはたくさんあるのですが、まずは親と子は「対等である」ことがベースにあることをここではお伝えしておきましょう。
>>次回は、このケースを「課題の分離」という観点から、さらに解説していきます。